『名古屋を開拓して欲しい』これがミッション。S.Kajita 2007年4月入社 法学部出身 名古屋営業所 所長

営業所立ち上げの話。

青山のシェアオフィスから始まったアール・コンサルティング。その後、赤坂へ移転した際もそうでしたが、「何も無いところ」からのスタートです。あるのは、働く場所と生活する家、それに多少の土地勘だけでした。

営業所開設に合わせ、色々と準備を進めておりましたが、実際に業務が始まるとほぼ開店休業状態。『やることがないってこんなにも辛いのか・・・』と毎日苦しんでいました(笑
ただ、そうは言っても何もしないわけにはいきません。
セオリー通りにまずは企業様へのアポイント依頼の電話掛けから始めました。
しかしこれが見事に取れませんでした。

年次も、経験も重ねており、東京ではスムーズに取れていた電話アポイントが、名古屋では超低打率・・・。新卒採用のご担当者どころか、受付でお断りされることも多々ありました。
よく考えたらそれもそのはず。そもそも名古屋ではアール・コンサルティングの知名度は低く、企業からの需要もなかったからです。

会社からのミッション、「名古屋を開拓する」にはもう一つ大きな柱として、学生を輩出する『大学様』との関係構築も含まれていました。企業様へのアプローチと合わせ、大学様・学生のニーズを探るため、キャリアセンター様や就職担当教授の方への訪問を始めました。これが後の『モノづくり図鑑・名工大版』(以降、『名工大MONO』)の発刊へ繋がりました。

大学様を訪問させて頂き、数多くの方々とお話をしながら痛感したことは、人の繋がりやご紹介がないと、仕事はおろか、採用ご担当者様とアポイントを取ることも難しいということです。

『名工大MONO』制作秘話。

名工大MONOの始まりは、「このような冊子を作りませんか?」と、キャリアセンターにご提案をしたのではなく、教授への訪問がきっかけでした。

■教授:「名工大生のために名工大生専用のコレ(モノづくり図鑑)作れる?」
■梶田:「もちろん出来ます!」

このやり取りがスタートでした。
2017年3月からの約半年間、「生みの苦しみ」を味わいました。

これまでモノづくり図鑑・理系版の中でいくつか新企画を考え、制作した経験はあったものの、ゼロから媒体を作り上げることは初めての経験でした。発刊までは数多くのことが未知数。発想力と想像力を働かせ挑みました。

【スケジュールを作成し】
【先生、大学、学生の意見や想いを汲み取り】
【全体の構成や誌面ラフを起こし】
【どのような手法でどの企業様にアプローチし】
【ページ数?掲載社数?各数字の目標設定は?】
【制作体制は?】

等々、全て同時並行で、精度を上げながら進めていくことが一番苦労しました。

また、「どうせ仕事をするなら楽しく!」が私のモットー。
『今まで経験した事のないことをやってみよう』と様々新しいことにトライしました。
一人でいかに最大限の結果を残せるかを常に考え、例えば企業様へ送る販促に教授からの挨拶状を同封したり、お問合せに対応するシステムや、原稿入力のシステムを作るなど、色々と工夫を凝らしました。

その結果、64社の企業様にご掲載頂きました。
就職活動生向けだけでなく、学部2年生の正課授業の教科書として採用頂いたり、オープンキャンパス等、様々な場面でお使い頂くことが決まるなど、初年度の立ち上げとしては成功だったと自負しております。

『常に成功するイメージを持ち、仕事を通じて関わった人全員に喜んでもらいたい』
という思いが、未知の仕事を乗り切れた要因とも言えます。
名古屋へ赴任し、以前より少しポジティブ思考になった気がします

一緒に働きたい”仲間”

仕事は人と人がするもの。
営業が売るモノは“自分”だとつくづく思います。
営業職であれば、数字を意識して働くのは当たり前です。
(社会人としては当然なので、厳しく聞こえたらごめんなさい)
ただ、入社して数年は、なかなか数字は上がらないものです。自分もそうでした。
でもそれで良いんです。未達成の時はみんながカバーします。

仕事に対する姿勢ですが、嬉しいときはとてつもなく喜び、悔しいときは思いきり悔しがる、とにかく感情のスイッチが『ON』であることが大切です。
『人として当たり前のことが 当たり前に出来る』
こんな人と一緒に働き、会社を大きくしていきたいと思っています。

名古屋を開拓して欲しい プロジェクトストーリー 採用戦略の構築

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